VOICE OF
(BOSAI) ACTION
専門家

QUESTION VOICE

特に近年「防災リテラシーを高めましょう」という言葉を耳にする人は多いはず。防災リテラシーとは、防災への正しい知識と理解をもち、災害を未然に防ぐ・いざ災害発生時に被害を最小限にとどめるために適切に判断して行動できる力のことを指します。

でも、防災への正しい知識と理解って、いったいどんなこと?

わかるようでわからない防災リテラシー。BOSAI VOICE制作チームは、この防災リテラシーの基礎の「き」から、松川杏寧先生に教えてもらいました。

防災リテラシーを正しくもつことで、災害時に「なるべく安全で安心な生活」を自分で、自分たちでつくるための力になることがわかります。

ADVICE VOICE

松川杏寧 准教授

防災・災害分野の研究機構で複数のポストを歴任した後、2023年から兵庫県立大学の減災復興政策研究科で准教授を務める、防災・減災のスペシャリスト。

今年発生した能登半島地震でも、被災地で災害時要配慮者への支援活動を続けています。

そもそも「災害」って、なにを指すのですか?

まず「災害」という言葉からは、地震や津波、または台風といった自然現象を思い浮かべるかたが多いと思います。ですが、それらはあくまでも自然現象であって、=(イコール)災害ではなく、災害の原因となる「ハザード」と私たちは定義しています。

自然現象が私たち人間社会に対して、建物や人への影響を及ぼし被害と
して現れたときに、それを「災害」と呼びます。

私たちの社会において影響を受けやすい弱い部分があり、ここに被害が偏っていく傾向があります。これを是正していく、災害を最小化していくというのが「防災・減災(げんさい)」の根本的な考えかたになります。 「災害の発生」についての理解
(萌書房『災害と復興の社会学(増強版)』立木茂雄著(2022)より筆者作成)

「防災」「減災」。その二つにはどういう違いがあるのですか?

図でいうと赤い「ハザード」の部分を小さくするのが「防災」、黄色い「社会のぜい弱性」を小さくするのが「減災」です。

防災は、たとえば防潮堤や砂防(さぼう)ダムを建てるといった、いわゆる「ハード整備」。対して減災は、事前の計画をふくめて、当事者の人たちに災害への備えをしてもらい、ぜい弱性を小さくするといった「ソフト的」なものが減災です。 

「災害時の要配慮者」とは、だれのこと?

ぜい弱性というのは社会全体だけでなく、個々人のなかにもそれぞれ存在していて、個人間においても差があるものです。災害時にこのぜい弱性が大きい人・大きくなる人たちを「災害時要配慮者」といいます。
災害時要配慮者のぜい弱性がなにによって規定されるのかというと、まず、個人の特性—生まれたての赤ちゃん、日本
語の話せない外国人、車椅子利用者、視覚に障害をもつなど—があります。

そしてもう1つは、その人が住む環境・社会です。わかりやすい例をあげると「車椅子の人」と「メガネの人」を比較してぜい弱性を考えるときと、「家族と住んでいる車椅子の人」と「一人暮らしのメガネの人」とした場合とで、違ってくるのはなんとなくわかると思います。

個人のぜい弱性は、その人が住んでいる環境・社会によって大きくなったり小さくなったりします。つまり、自分、あるいは他者が環境に働きかけることによって、その人のぜい弱性を小さくできます。

たとえば視覚障がいのあるかた。近所の人と普段からあいさつをする関係であると、ぜい弱性は小さくなります。いざというときに「大丈夫?避難先わかってる?」といった、声をかけあえる関係性があるだけでも大きな違いになってきます。

防災のことって、義務教育のときの避難訓練くらいしか記憶にないかも...。自分でできる「ぜい弱性を小さくする=減災」には、どんなものがあるのでしょう?

第一に、ご自身の生活環境をしっかり把握することが必須です。そのうえで、災害時に自分が取れる選択肢はどのようなものがあるのかを把握して、避難計画・避難生活計画を立てます。

防災リテラシーにおいて、災害に対して正しく理解するとありますが、ハザード(災害の原因)に対する理解だけでなく、「ハザードインパクト」への理解が重要になります。

たとえば風水害が起きるとします。「川が決壊して水が流れ込んできます。あなたの家は1.5メートル浸水します」というのがハザードマップから得られる情報です。でも肝心なのは「じゃあ、1.5メートル床上浸水すると、私の家はどうなる?私の生活はどうなる?」というポイントで、これがハザードインパクトです。これは行政が流す「1 対 多」の情報には含まれないので、自分で考えなくてはならないところになってきます。
1.5メートル床上浸水になるとは自分の生活にはどういった影響がありそうで、そこにどう備えなくてはいけないのか。これを具体的に考える力をもつことが、防災リテラシーなんです。

指定避難先は小中学校だけれど「そこに本当に行きたい?行く必要がある?」と考える。床上浸水しても、マンションの3階に住んでいるのであれば、ライフラインに問題がなければ「じゃあ第一候補は自宅での避難生活」、第二は、もし高台に親戚や知り合いの家があれば「そこに一時的に身を寄せる」になるかもしれません。

災害時の避難計画というと一本の線を引くような計画を立てがちですが、そうではなく、自分には選択肢の幅がどれくらいあるのかを平時に考えておいて、柔軟に適切に判断して行動できるようにしておく、というのが正しい備えです。

自分がなるべく安全に安心して生活をしていくためのレジリエンス(困難の際に、自ら立ち直る・回復する力)を高めるために、防災リテラシーがあります。

自分でつくる安心防災帳
https://www.rehab.go.jp/ri/kaihatsu/suzurikawa/skit_02.html
自分はいまどのような健康状態で、どのように生活していえるのかを確認し、現在ある備え、必要となる備えをわかりやすく整理できる防災帳。無料PDFをダウンロード、印刷が可能です。

この安心防災帳は、ICF(国際生活機能分類)*基準でつくられています。
*健康状況を把握するために持ちいられる。人間の健康状態や心身の機能、環境による評価をアルファベットと数字で表す世界共通の分類方式。

自分だけで「避難計画」を考えるのが難しい場合には、どうしたらいいですか?

防災士や市町村の防災危機管理の人など、適切な情報をもっているかたに頼ることをおすすめします。 「1.5メートルの床上浸水だと、がれきは○トン程でるだろう。片付けるのにボランティアさんが来て、少なくとも2、3週間はかかりそうだ」といったアドバイスをもらい、そこから考えていきます。ただし大前提として、このあたりのリスクの情報を伝える側・受け取る側との間に信頼関係があることが前提です。障がい者のかた、高齢者のかたであれば、彼らの生活を把握し寄り添って関係構築しているのは福祉専門職のかたや相談支援専門員、ケアマネさんなどになると思います。

リスクを伝えたうえで「あなたの普段の生活はこうで、床上浸水になるとこうなるからこう備えないとね」と一緒に考えていきます。「2、3週間、どこで暮らす?家を出なきゃいけないなら、行き先は?ホテルや宿泊施設にその期間ずっと泊まるだけの資金はある?」「普段から飲んでいる薬は十分にある?」薬がまとまって確保できないのであれば「薬をもらいにいける範囲の距離の避難所はどこになる?」といったことを具体的に割りだしていきます。

あとは、いざというときに本当にその避難先に行けるのかどうか。家の前は車が通れなくなるかもしれません。計画を立てたら、実際に自分で避難訓練をしてみることもおすすめします。

「避難所」とは、誰に・どのように運営されるもの?

大きくわけて「指定緊急避難場所」「指定避難所」があります。避難マップや防災マップで、逃げるピクトグラムで示された場所を見たことがあるのではないでしょうか? それぞれ少し異なるマークで示されています。

前者は、災害時に危険から命を守るために緊急的に避難する場所のことで、大きな公園、津波の場合に
は津波避難ビルや高台など、多くの場合屋外にあります。身の安全を確保するために、いっとき滞在するための場所です。

後者は、自宅へ戻れなくなった人たちが一時的に滞在し、仮の生活を送る場所です。指定避難所には、小中学校や総合体育館など、屋内の施設が多くありますね。

避難所の設置・運営・管理は自治体がおこないますが、自治体では運営しきれないため「避難所は避難者による自主運営でいきましょう」というのが国の方針です。
自主運営とは、行政が避難所に関わらないのではなく、物資の配布やトイレ掃除といった「仮の生活の場としての維持」や、緊急の共同生活をうまくおこなうためのルールづくりなどは住民である避難者たちが協力しておこなう、というものです。必要な物資を届けたり、健康で人権が守られた避難所になっているかを確認しサポートするかたちで、行政は避難所運営を支えることになります。

避難所運営に、被災した自治体の行政職員が多く関わることになると、避難所以外のさまざまな災害対応がうまく進まなくなり、結果的に地域全体の復旧・復興が遅れることになります。そのため、比較的小さな地域で行政職員の数が限られている場合には、巡回・遠隔での連携で行政とやり取りするなどの対応も取られます。

ただ、いまは高齢化が進んでいるため、必然的に自治会・町内会のメンバーも高齢化しています。そうなると自主運営だけでは難しいことも。その場合は、行政、避難所運営の経験が豊富なNPO(民間非営利団体)が加わり、三者連携で運営することもあります。

支援物資は、指定避難所に届けられる決まりになっています*。

*決められた条件を満たし指定避難所として認められている施設には、支援物資が届けられるよう法律で定められている。

基本的には、避難所を運営する「避難所運営会議」といったものができあがり、避難している人を中心にどうやってその集団生活を協力して乗り切るのかを考えていきます。その会議は、一般的に、自治会・町内会など「避難所運営マニュアル」をつくった役員の人たちが主体となります。そこに行政が入ってきたり、支援のNPOがいればその人たちも入って「どうやったらこの避難所をより安全で住みやすい環境にするか」という話し合いがおこなわれる、という流れになると思います。

避難所生活を、避難者である自分たちでよりよくしていくためにできることは?

「避難所運営会議」であげられた各避難所の課題・問題が、今度は行政の災害対策本部会議に「ここの避難所でこういう課題がでているから、このように対応しないといいけない」と挙がります。そうすると、行政から直接、あるいは民間を通して、なんらかの形で支援がいきます。

なので、1つはその運営会議の場に
多様な「生活者」としての観点で避難所を見られる人がいると、課題・問題を発見しやすいということ。現状、女性の視点すらまだまだ含まれていません*。 「どうやって生活の場として整えるか」を考えるには、やはり男性だけでは目や考えが行き届かないところが多く残ります。たとえば、プライバシーの観点から間仕切りを設ける、 一時的にプライベートスペースを確保できるテントは透けないものにする、といった小さな配慮。避難している人たちのニーズを理解できる、そういった人が窓口となって支援に繋げていく、ということが必要です。

*内閣府男女共同参画局「男女共同参画の視点からの防災・復興ガイドライン令和2年5月)」によれば、女性が一人もいない市町村防災会議は全国で22.2%にのぼるとしている(令和元年4月1日時点)
内閣府防災情報「防災白書(令和3年)」によれば、都道府県の自治体防災会議での女性委員比率は平均16.1%、市町村防災会議では平均8.8%と、女性委員が極めて少ないとしている。


要配慮者によっては相談窓口に来れない人も多いです。その場合には「アウトリーチ」というかたちで、こちらから出向いて状況を把握し、課題をみつけて、支援に繋げていけるのがベストです。

一方で、LGBTQ+のかた、難病を抱えるかた、引きこもりのかた、DV被害者といったかたをはじめ、情報開示への危機感をもち、ご自身についてや、ご自身の状況を自らで伝えることが困難な人も一定数います。 そういった場合は、本人が繋がっている当事者団体などが間に入って、その要望をうまく代弁していく、という手段もありますね。

ただ、そういったものは時間もかかります。いま日本の防災の現状も少しずつ変わってはいますが「すぐにはどうにもならない」ことも多い。なので、やっぱり自分たちなりにできる手近なところからやっていけるといいですよね。 同じような課題を抱える人同士が集まって、困りごとを共有して「なぜそれが起こるのか」を考える。細かい具体的なところにアプローチするというより、もう少し抽象度をあげてより多くの人に共通する話しとして伝えていく、などです。 たとえば「プライバシーの確保された状態が欲しい」というのは、LGBTQ+の人、授乳中のお母さん、妙齢のお子さんをもつ親御さん、障がい者のかた、おむつを使っている高齢者を抱えたご家族に共通するリクエストになりますよね。

これは災害が起こってからではやはり難しいので、平時から準備しておけるとスムーズだと思います。そのためには、相互理解がどうしても必要になるので、同じ地域にどういった人が暮らすのかを知ること、普段から関わることが大切になってきます。

あとは、避難所を殺伐とさせないために「体育館に食堂をつくる」といった実際の取り組みもありました。人と喋ることはストレス解消に非常によく、情報収集の場にもなるので、そういったコミュニティスペースをつくることは有効です。

どうやったら暮らしやすくなるのかをみんなが柔軟に考えられる場づくり、そして多様な意見が入れるようにすることで、より多くの人にとって健康が維持できる・住みやすい避難所にしていけると思います。

仙台防災枠組み2015-2030
2015年3月14-18日にかけて、今後15年間に及ぶ国際的な防災枠組みを策定することを目的とし、宮城県仙台市で「第3回国連防災世界会議」が開催され、採択されました。 当事者参画で防災計画を決める必要があると明示されています。

そのほか、知っておくといいこと・備えておくといいことはなんですか?

まず、情報取得です。災害対応に関する情報にどこでアクセスできるかというと「行政のホームページ」です。熊本地震の際に実際にとったアンケートでは「『熊本 地震』とグーグルで検索をかけている」というかたもいて、災害時の情報を市のホームページなど、行政が出していることを知らない人がいるとわかりました。

避難所は支援物資についての細かなお知らせや手続きに関することなど、 重要な情報が集まります。そして自然と共有されるんですね。最近では、避難所ではなく自宅や車中などを選択する人も多いですが、その場合でもいわゆる「情報弱者」にならずに、情報を取得して理解して動けるようにしておくこと。情報弱者的な状態に陥り、受けられるはずの支援が受けられないというのは問題です。

そのためには「情報の出しかた」も重要になっています。最近だと外国人のかたも増えてきているので、やさしい日本語でなるべく情報発信をする。また、自身では情報の取得が難しい人たちにはどうそこを担保していけるのか。そういった努力は行政も取り組んでいかなければいけません。

もう一つ、同じ課題を抱える人同士で、近距離・中長距離のネットワークをつくっておくこと。

近距離は、同じ避難所の人、つまり「同じ状況に陥っている人と支えあう」ことです。おもには、メンタル面での支えあい、それから情報共有。情報は、配給に関するものや行政からのメッセージなどを互いに追えているかを確認しあいます。

中長距離は、地域の外の人たちで、頼れるのはおもには物資になってきます。たとえば交通網が遮断されてしまったら、どうしても自分たちの資源では賄えない部分がでてくるので外からしか受けられない支援に頼ります。そのために、地域をまたいで当事者団体同士や民間企業とネットワークを形成して、セーフティネットを築いていくというのが、できるところかと思います。

JVOAD(ジェイボアード)
現在、災害時に活動するさまざまなNPO(民間非営利組織)・NGO(非政府組織)が集約する日本全体で一つのネットワークを形成する体制を調整中。各都道府県の社会福祉協議会にNPOが事務局を設け、ある県で災害が起きれば「その県がどういう状況で・どういう支援ニーズがあるか」を県外に情報共有し、連携することを目指す。


自分では手をあげられない人たちに向けても、情報を含めた支援をどう一つのパイプで担っていけるか。今後こういう広域災害が起こるとされるなかでは、全国規模でネットワークを多層的にもつくっていくことが必須になると思います。

とはいえ、これは私の持論ですが、自分が住んでるところを安全安心にすることに対して一番モチベーションがあって、一番責任感を持てるのは、そこに住んでいる人たち自身だと思います。町自体もそうですし、避難所が「生活の場」になるわけですよね。

災害のようなイレギュラー時には、自分の生活をより安全安心にするための欲求や要求は「わがまま」とみなされ「もっと我慢しなきゃ。みんな我慢している」といった方向性になりがちなところがあります。
でも、本来、安全安心な生活がおくれることは、基本的人権で保障されていることなんです。「あなたたちが過ごしやすくするために意見を出していい」といったスタンスをいかにつくっていけるかが、大きな課題です。

私たち防災の専門家が意見を変えていけるよう働きかけること、社会における正常な生存権を守るために民間とも連携しながら行政が適切に支援することは大前提。そのうえで、一人ひとりが意志をもって、すべての被災者の健康的な人権が守られた生活を送れるようみんなで意識改革もに向けて努力していくことが大切だと思います。

ADVICE VOICE

松川杏寧 准教授

1984年生まれ。同志社大学大学院社会学研究科で博士の学位取得後、人と防災未来センター、防災科学技術研究所を経て現職。

専門は犯罪社会学、福祉防災学。2011年の東日本大震災までは環境犯罪学による犯罪予防について研究していたが、3.11以降災害の分野へ。

地域住民による犯罪予防や災害時要配慮者の防災対策、避難所研究など、地域コミュニティや脆弱性の高い人々を主な研究の対象としている。